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なぜ焚き火に癒されるのか
人類の進化と火の意外な関係とは(連載第5回)

ランタントークvol.3「焚き火」<前編> 研究開発推進機構准教授 深澤 太郎×火とアウトドアの専門 iLbf(イルビフ) 代表 堀之内 健一朗

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研究開発推進機構 准教授 深澤 太郎

2020年12月4日更新

アウトドアやキャンプに欠かせないものといえば「焚き火」。小さな火を徐々に大きく育て、その火で調理したものを食べる。そして、火を囲んで時間を過ごす。そんなシーンこそ、アウトドアの魅力だと考える人も多いのではないだろうか。

なぜ、火はここまで私たちを惹きつけるのか。そこで今回、火をテーマにした「火とアウトドアの専門 iLbf(イルビフ)」を営む堀之内健一朗氏と、考古学・宗教考古学を専門とする國學院大學 研究開発推進機構の深澤太郎准教授が対談。人が火に魅せられる理由について、2人は「人類の進化と大きく関係しているのでは」と口をそろえる。

火のスペシャリストと考古学研究者の観点から「焚き火」の本質に迫るこの対談。まずは、火がもたらした人間の進化を考える。

火が人間に脳の発達と文化をもたらした

堀之内 昔は、燃える木ならみな同じ“薪”だと思っていました。でもあるとき、木の種類や乾燥のさせ方、管理の仕方で薪の燃え方や火の立ち方、広がる香りがまったく異なることに気づいたんです。それをいろいろな人に届けたいと思い、このiLbfを始めました。

堀之内 健一朗氏:iLbf(イルビフ代表)。こだわりの薪は、燃え始めると心地よい香りが広がる。 

深澤 焚き火をしていると、不思議と火に見入ってしまいますよね。今日も焚き火を囲みながらお話ししていますが、心地良すぎて本当に仕事なのかなと(笑)。小さな種火が徐々に大きく育っていく過程を見るのも楽しいですよね。

研究開発推進機構 深澤准教授は、「火が人間に進化をもたらした」と語る。

堀之内 多くの人が「焚き火を囲むと心が安らぐ」と言います。なぜ安らぐのか簡単に答えは出ないのですが、ひとつ思うのは「人類の歩み」と関係があるのではないかと。本来、動物にとって火は危険なもの、避けるべき存在だったはずです。しかし、人類は火を起こしコントロールする技術を持ち発展した。同時に、危険な獣から身を守ってくれるなど、火によって得られる安全もあった。はるか昔から火と過ごしてきた歴史が、安らぎの根底にあると思っています。

深澤 同感です。むしろ、火を発見したからこそ、人間が人間へと進化したのです。古い例で言えば、70〜20万年ほど前の北京原人などは、すでに火を使い始めていた可能性があるようですね。その後、40~4万年ほど前のネアンデルタール人は明らかに洞窟で火を焚いている。これらの化石人類と約20万年前にアフリカで生まれた私たち現生人類は別の系統で発達しましたが、火を使い始めてからの人類の脳は、容量が1000㎖以上へと明らかに大きくなっていることで共通します。それまで生ものしか食べられなかった人類は、焼くという「調理」の行為を覚えることで、口にできる食材が格段に増えた。その結果、栄養が豊富になり、脳の発達も一層進んだのでしょう。

火を起こしコントロールする術と、火を使った調理。そのためのツールも発達してきた。

堀之内 確かに、火を利用して加熱調理した食事をするのは人間だけですよね。他の動物は自然にあるものをそのままでしか食べられない。だからこそ、人間以外の動物は生態分布や住めるエリアに制限があります。人間がこれほど広域で暮らせるのは、火を使った調理文化を発明したのが大きいですよね。

深澤 その意味で、火は人間の文化の象徴であり、進化の根源ではないかと思うのです。私たちが火を見て安心感を覚えるのは「火の存在が我々を我々にしてきた」という根本的な感覚に根差しているのかもしれません。

人間の祖先が感じた火がもたらす安心感。現代でもそれは変わらない。

たとえば動物は、生ものか腐ったものを食べます。ハゲワシやジャッカルなどは腐肉食動物なんて言われますよね。一方、人間は生ものを火にかけて食べることができます。人類学者のレヴィ=ストロースが言っていたように、生ものが腐るのは自然の働きで、生ものを火にかけて調理するのは人間の文化。つまり、火は生もののような自然的存在を文化的行為によって料理という人間の世界の存在へ社会化してくれる、自然と文化をつなぐ媒介なんですね。

堀之内 私も、人間は火の役割をうまく使い分けることで進化してきたと考えています。火の役割は大きく「つくる」「温もる」「照らす」の3つで、それを巧みに使い分けながら歩んできたと思うんですよね。iLbfを始める時にも、火が人間にとって果たしてきた役割は何だろうということを考えて、その3つの役割が浮かんだんです。電気が火に代わるようになっても、この3つの役割は人の生活には欠かせません。

iLbfでは、火の3つの役割に関連した魅力的なツールが存在感を放つ。

深澤 特に大きかったのが「つくる」ですよね。火を使った調理で栄養を得られた結果、脳の容量が増えた。さらに、土器を焼けるようになると、煮物も食べ始めます。すると、食物の消化もよくなり寿命も延びていく。寿命が延びることで生きることに必死だった人間に「考える」余裕が生まれ、より多様な文化的な活動を行うようになりました。たとえば、火を見ながら死後の世界との繋がりを想像する行為も一例です。日本では今もお盆には送り火・迎え火の風習がありますが、あれは火を焚いて亡くなった人の魂を呼ぶ、あるいはあの世へ送り出すための儀式。火がこの世とあの世を繋ぐアンテナのような役割なのです。

堀之内 そうですね。日本で長く続く火の文化と言えますよね。

両者は、「火は単なるツールを超え、文化にも大きく影響した。」と語る。

深澤 動物には恐ろしい存在である火が、人間にとってはこの世と別の世界をつなぐツール、媒介になっています。火は自然と文化をつなぐ媒介であると同時に、人間と別の世界をつなぐ媒介でもある。その意味で、人類が他者とつながるために初めて入手したデバイスと言えるかもしれません。

火の神や縄文土器・・・火と生死の深い関係

堀之内 今の話に関連すると、焚き火は英語で「Bonfire」と書きますよね。このBonは「Bone(骨)」から来ていると聞きました。人が狩りに出たとき、動物の骨を燃やして火を焚いたことが由来だと。

深澤 そう言いますよね。15世紀頃の「中英語」から見られる表現ですね。現代英語と少し綴りが異なりますが「骨を燃やす火」というニュアンスで、死者の骨を意味するとも言われています。やっぱり火と人間の生死は密接に関わっているのです。日本列島でも、縄文土器の中には、明らかに人体に見立てて表現されているものが見られます。動植物の死体である食材を、人体を表現した土器の中、つまり胎内に入れ、火にかけることで人の命をつなぐ糧に生まれ変わらせる。縄文の人々も火に生と死の循環を見出していたのだと思います。

火は、古来から生と死と結びついてきた。現代でも世界各地で火祭りが行われている。

 日本神話でも、火の神様と生死は密接な関係があるんですよ。カグツチという火の神がいるのですが、その母イザナミは出産時にカグツチの火で火傷を負って死んでしまう。その後のストーリには幾つかのバリエーションがあるのですが、カグツチが父イザナキの怒りにふれて殺されるパターンが良く知られています。ただし『古事記』や『日本書紀』では、死んだカグツチから新しい命が生まれる。日本神話の中でも、火の始まりと生死の物語は密接に関わっているんですね。

堀之内 芸術の進化にも火が大きく関係していると思うんですよね。特に日本は、古代から今に至るまで土器や陶器が芸術品として残っています。現代でも、日本の有名な焼き物を作るには、火が欠かせない。それだけでなく、鉄や青銅も火によって生み出されましたよね。

火の「つくる」役割が人の社会に多くのものを生み出す源泉になった。

深澤 火がないことには、多くの芸術も生まれなかったでしょう。脳が大きくなり想像力が働いたことで、“いま”、“ここ”ではない世界への想像力が広がるようになりました。フランスのショーベ洞窟・ラスコー洞窟、あるいはスペインのアルタミラ洞窟のように、人類最古の絵画である旧石器時代の洞窟壁画も、そもそも火がなければ描けなかった。暗闇の中ですから。火の3つの役割の一つである「照らす」があったから描けたのだと思います。硬い器や利器も、火の「つくる」役割があったからできた。火によって料理、芸術、工芸などで多くのものを創造できたのだと思います。

堀之内 改めて、人はうまく火を活用してきたことがわかりますよね。そもそも火を眺めていると、いろいろな考えやアイデアが閃く瞬間もあります。人間は、単純に火で暖をとり、何かを焼いただけでなく、どうすればもっと火とうまく付き合えるのかを考え続けてきた。だからこそ、火が芸術など創造の発展にまで作用したのではないでしょうか。

(後編では、火が人間のコミュニケーションに与えた役割について2人が語ります)

火とアウトドアの専門 iLbf(イルビフ)

対談者の堀之内氏が運営する、業界初の火をテーマにした専門店。2016年にUR都市機構みさと団地商店街にオープン。人が集まり、語り始める不思議な空間、不思議な感覚、そのような焚き火空間を提供する手伝いをとの想いで運営されている。徹底的に湿度管理したこだわりの薪や魅力的なガレージブランドの製品など大型店とは一味違ったこだわりのセレクトが話題となり、オープン以来多くの人気を集めている。

 


 

 

深澤 太郎

研究分野

考古学・宗教考古学

論文

「伊豆峯」のみち―考古学からみた辺路修行の成立(2020/06/18)

常陸鏡塚古墳の発掘調査(2019/12/25)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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