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なぜ今、キャンプに惹かれるのか
自然の中で育まれる「感性」が、人生にもたらすもの(連載第2回)

ランタントーク vol.1 自然<後編>

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人間開発学部 准教授 青木康太朗

2020年10月12日更新

 

ここ数年のブームにより注目されているキャンプ。キャンプ人気が高まっているということは、その舞台となる「自然」を人々が求めているとも言えるかもしれない。

では、なぜこの時代に人は自然に惹きつけられるのか。「自然は非日常の世界であり、普段の生活にはない感動や、人の感性を刺激するものの宝庫だからです」と語るのは、野外教育や青少年教育を研究する國學院大學の青木康太朗准教授(人間開発学部 子ども支援学科)。同氏は、自然の中で感性を養うことが、わずかな情報から何かを見出し、アイデアにつなげる力の土台になるという。

学問を軸にキャンプを追求する本連載。今回は「自然が養う感性」の重要性を考察する。

前回の記事➢「ランタントークVOL.1「自然」(前編)」

自然の中で五感を刺激することが、なぜアイデアを生むのか

キャンプを語る上で欠かせないのが、自然の存在だ。成熟が進んだ現代社会において、自然に囲まれる時間はまさに“非日常”と言えるだろう。その非日常を求めて「多くの人はキャンプに出かけるのではないか。」と青木氏は話す。

「それを示すのが“都市部の在住者ほどアウトドアを好む”というデータです。総務省の社会生活基本調査を見ると、登山・ハイキングの行動者率がもっとも高い都道府県は『東京都』。次に『神奈川県』が続きます。都市部の人ほど自然に触れる機会は少なく、いわばアウトドアは非日常。そこに魅力を感じるのでしょう。」

自然から離れている人ほど、強く自然を求める。ということは、自然に触れることが「ある意味で人間の本能に通じているのかもしれません。」と付け加える。

自然に囲まれることはキャンプの醍醐味。

それにしても、なぜ人はそこまで自然を求めるのか。青木氏がキーワードに挙げるのが「感性への刺激」だ。自然は人の感性を刺激する宝庫であり、だからこそ「惹きつけられるのではないか。」という。

「私たちは日々五感を働かせていますが、デジタルに囲まれた今の生活で得られる五感の刺激は、ある程度限定されています。しかも多くが人工的なものであるため、似たパターンの音やビジュアルが多い。美しい風景はテレビなどでも見ることはできますが、実際にその『場』を五感で感じている訳ではありません。ですが本物の自然には、日常で出逢えない五感を揺さぶる要素が無数にあります。360度、あらゆる方向、あらゆる場所に虫の声や空からの光、水の冷たさや風の音などが織りなす刺激が溢れています。デジタル環境にない、普段は得られない感性への刺激が“非日常”を感じさせるのではないでしょうか。」

普段は気に留めない川の音もキャンプ場では感性を刺激するものに。

さらに大切なのは、そうやって五感を刺激すればするほど、人の感性が育まれていくということ。実はこの「感性を育む」という行為は、人生を歩む上でとても大切だという。

「目の前にある何気ない情報を見て、どれだけ多くのことに気付けるか。あるいはその情報を不思議に思い、追求できるか。その力が『感性』であり、ビジネスでも人生でも大切になるはずです。同じ情報を与えられても、素通りしてしまう人もいれば、不思議に思ったり、アイデアにつなげたりする人もいる。この違いの根底には、それまでにどれだけ感性が育まれてきたかが関連しているのではないでしょうか。」


感性は年齢とともに弱まるもの。だからこそ自然の中で過ごす

実際、これまでの歴史を見ても、鋭い感性がいくつもの大発明やアイデアを生んできた。その一例として、青木氏は「マジックテープⓇ(株式会社クラレ登録商標)」などで有名な“面ファスナー”の発明エピソードを挙げた。

面ファスナーを発明したのは、スイス人のジョルジュ・デ・メストラル。彼がこの構造を思いついたきっかけは、山に出かけた際に自分の服や愛犬にたくさん貼り付いていた「野生のゴボウの実」だった。その構造に興味を抱いて研究し、数年かけて面ファスナーの特許を出願。1955年に認定された。些細な事象からの気づきが、今も使われる技術を生んだのだ。

「そのほか、スマホの画面反射を抑えるフィルム開発においても、蛾の眼球の構造がヒントになっていると言われます。日常の何気ない事象や情報に目を向け、イノベーションにつなげた事例はたくさんあるのです。」

だからこそ、自然という「感性を揺さぶる宝庫」に身を置き、五感を刺激することが大切だという。

「日常生活では、テレビやパソコン、スマホなど時間を過ごすためのツールが揃っているため、それに併せて自分の生活ルーティーンもほぼ決まっています。しかし、キャンプではそういったものに時間を費やすことがほとんどないので、ゆとりが生まれ、じっくりと自然と向き合うことができます。ゆとりがある静かな環境の中で、夜に虫の声を聞いたり、夜空に輝く星々を見るからこそ、いつも以上に感性が敏感となり、感動もしやすくなるのではないでしょうか。」

蛍光灯の明かりから離れた夜も深い闇だからこそ感性を刺激する。

青木氏は野外教育の研究者だが、幼少期こそ「感性を育むことが大切」だという。そのためには、やはり自然の中で遊ぶ時間が有効になる。「数字や言葉を覚えるのと同じかそれ以上に、自然に身を置き、感覚で物事を捉える時間を作るべきだと考えています。」と話す。

幼児教育や野外教育の“バイブル”として知られる、環境学者レイチェル・カーソンの著書『センス・オブ・ワンダー』(新潮社刊)にも、感性を育む重要性が書かれている。

「同著では『大人になると感性が弱まっていく』ことが指摘されています。だからこそ、子どもの頃いかに感性を育むかが重要ですし、大人になっても日頃から自然に出て五感を刺激するべきです。知恵や知識を身につけても、そこで何を感じどう生かすかは感性次第。つまり、知識という種子をはぐくむ土壌が感性なのです。私が自然体験を重要と考える理由はそこにあります。」

自然に囲まれ感性を研ぎ澄ますことは大人にこそ重要な体験。

コロナ禍でも、外に出かけて自然と触れ合うことは、大人・子ども問わずに出来る。特に、幼少期は「遠くに出かけなくても良いし、大人が何かを用意する必要もありません。自然の中に行けば、子どもは自由に遊び出し、その体験を通じて自然と感性が養われていくのです。」と青木氏は言う。

大人にとっても、アウトドアやキャンプが感性を研ぎ澄ます大切な機会になる。ゆったりと流れる時間の中で、感覚的に自然と触れ合うことは、感性を呼び覚まし、心を豊かにしてくれるだろう。その体験は、さまざまな場面で生きてくるはずだ。

キャンプフィールドに持っていきたい“私の一冊”

レイチェル・カーソン著『センス・オブ・ワンダー』(新潮社刊)

青木氏がオススメする一冊は、生物学者であり、まだ環境保全の意識が弱かった1960年代に、化学薬品の環境汚染を告発したレイチェル・カーソンの著書。彼女が毎夏過ごした海岸や森を子どもと散策しながら、草花の美しさや鳥の鳴き声など、自然の素晴らしさを綴ったエッセイである。

1965年に出版された本書は、青木氏の専門分野である野外教育においても教科書的に扱われてきた。

「レイチェル・カーソンは、子どもが自然に感動する様子を描写しながら、人間が生まれながらに自然の神秘や不思議に気づく感性を持っていること、そしてそれを小さい頃に育む大切さを語っています。幼児教育における自然体験の意味は、そこにあると思います。」

学生時代にこの本と出合った青木氏だが、それから時を経て、大人になって読み返すと「この本の価値がわかった。」という。「指導者になって子どもの前に立つと、改めてこの本で語られていた感性の重要性を考えるようになりました。」。加えて、青木氏は心に残る一節を説明する。

「本の中には『知ることは、感じることの半分も重要ではない』という言葉があります。子どものときに、花・鳥の名前や種類を覚えて知識を身につけるよりも、感じることに意味があると言うのです。歳を重ねるほど、読むたびに新しい発見や感情が芽生える本です。」

青木氏は「アウトドアの場に持っていくだけでなく、行く前にも読んでほしい。」と話す。この本で自然の良さをイメージすると、いざ自然の中に出た時に「感じ方が変わる」とのこと。子どもとアウトドアに出かけるとき、「ぜひ親御さんに読んでいただきたい一冊です。」と付け加える。

次回の記事➢ランタントーク vol.1「自然(後編)」『 自然の中で育まれる「感性」が、人生にもたらすもの』

ランタントーク vol.2「成長(前編)」『キャンプと子ども アウトドアで知恵を絞る「冒険教育」の重要性』

ランタントーク vol.2「成長(後編)」『キャンプが大人にもたらすもの サードプライスとしてのアウトドア』

ランタントーク vol.3「焚き火(前編)」『なぜ焚き火に癒されるのか 人類の進化と火の意外な関係とは』

ランタントーク vol.3 「焚き火(後編)」『焚き火がこれほど魅力的な理由 「囲む火」から「向き合う火」への変化とは』


 

 

青木 康太朗

研究分野

青少年教育、野外教育、リスクマネジメント、レクリエーション

論文

青少年教育施設における危険度の高い活動・生活行動の現況と安全対策に関する一考察(2021/01/15)

家庭の状況と子の長時間のインターネット使用との関連:『インターネット社会の親子関係に関する意識調査』を用いた分析(2019/08/15)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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